「みんなと同じように」をやめてみたら、見えてきたもの|発達の最近接領域から考える子どもの参加のかたち

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先日参加した研修で、ある幼稚園での実践として、こんな事例を聞きました。

10月に入り、お遊戯会の練習が始まった時期のことです。
今年の劇は「おむすびころりん」。Aくんの出番も決まっていましたが、Aくんはどうしても練習に参加できずにいたそうです。

練習が始まったあたりから

「なんか幼稚園嫌いになった」
「今日は行きたくない」

お家では小さな拒否反応がぽつぽつと出るようになっていたといいます。

みんながお遊戯室で練習している間、Aくんは一人、部屋の隅にいることが多かったそうです。
それでも家では、覚えてきた歌やセリフを小さな声で口ずさんでいたと、お母さんが話していたと聞きました。

「無理にでも参加させた方が、本人のためになるのか」

お母さんは、そんな複雑な気持ちを抱えていたそうです。

この話を聞いて、参加の形について、改めて考えさせられました。

今回は、この実践を通して感じた
「今までの『普通』にとらわれないこと」
「少し頑張ればその子に届くラインを考えること」
という2つのテーマについて、皆さんと一緒に考えたいなと思います。

これは幼稚園の劇に限った話ではなく、学校の行事や、児童発達支援・放課後等デイサービスの活動、家庭での関わりにも通じる話だなと感じています。

目次

「今までの普通」にとらわれない

「劇に出る」「みんなと同じ振り付けで踊る」というのは、これまでのお遊戯会の「普通」の形です。でも、その「普通」は誰が決めたものでしょうか。おそらく、これまで多くの子がそれで参加できてきたから、自然と積み重なってきた形なのだと思います。

ただ、その「普通」に当てはまらない子がいたとき、「その子ができるように頑張らせる」のではなく、「その子に合わせて、参加の形そのものを見直す」という選択肢もあります。今回の園がしたのは、まさにこの選択だったのかなと思います。

「発達の最近接領域」とは

ここで、もうひとつ大事にしたい考え方があります。それが発達の最近接領域です。

発達の最近接領域とは
今、その子が一人でできることと、誰かの手助けがあればできることの間にある、「少し頑張れば届く範囲」のことです。心理学者ヴィゴツキーが提唱した考え方で、教育や保育の現場でよく使われます。

この考え方のポイントは、「今すぐ一人でできること」だけを求めるのでも、「本人には難しすぎること」を求めるのでもない、ちょうど真ん中のラインを見つけるところにあります。簡単すぎれば成長につながりにくく、難しすぎれば「できなかった」という経験だけが残ってしまいます。

Aくんにとって、「劇でセリフを言い、振り付けを踊る」ことは、今のAくんには難しすぎるラインだったのかもしれません。かといって「何もやらなくてもいい」の選択肢でいいのかという難しさがあります。

先生が提案したA君の役割

先生たちがAくんに任せたのは、「みんなの発表を見て、OKって教えてくれる係」でした。

これは、単に「劇から外す」という消極的な対応ではなく、Aくんが今、少し頑張れば手が届く役割を見つけてくれた結果だったのではないかなと思います。

お遊戯室という場所に、決まった時間、決まった役割でいる。
みんなの発表を見て、反応を返す。
これは、Aくんにとって簡単なことではなかったはずです。

でも、劇のセリフや振り付けを覚えて演じることに比べれば、確かに届く範囲にあったのだと思います。

劇には出ない。でも、係として、ちゃんとその場にいる。家では、覚えてきた歌やセリフを小さな声で口ずさんでいたというAくんの様子からも、完全に「参加をあきらめた」わけではなく、Aくんなりのペースで、劇そのものにも関心を持ち続けていたことがうかがえます。

家でのAくんの様子は、その都度園にも共有されていたそうです。
「最近少し行き渋りが出始めました」という話を受けて、療育の先生と園の先生方でタイムリーに支援会議を開いたと聞きました。「みんなと同じようにする」を目標にせず、「今のAくんに、ちょうどいい挑戦は何か」を考えてくれた結果が、この係だったのだろうと思います。

お遊戯会当日

お遊戯会の当日、Aくんは舞台には立ちませんでした。その代わり、保護者用の椅子を並べたり、終わったあとにマットを片付けたりする、お手伝いの仕事を任されていたそうです。

誰もいなくなったお遊戯室で、先生と二人、小さな体で一生懸命マットを運ぶ姿があったと聞きました。
その様子を見てお母さんは涙を流したそうです。

舞台の上で発表することだけが、その日の主役の形ではなかったのだと思います。

ポイント

  • 「今までの普通」は、多くの子に合わせて積み重なってきた形であり、絶対の基準ではない
  • 参加の形を、「本人が頑張って合わせる」のではなく、「その子に合わせて見直す」という選択肢がある
  • 発達の最近接領域とは、「一人でできること」と「手助けがあればできること」の間にある、少し頑張れば届く範囲のこと
  • 簡単すぎても、難しすぎても、その子の成長にはつながりにくい。ちょうどいいラインを一緒に探すことが大切
  • 「係」という役割は、Aくんにとって、今の力より少し先にある、届く挑戦だった

まとめ

「今までの普通」に子どもを合わせるのではなく、子ども一人ひとりの「少し頑張れば届くライン」を見つけていく。この視点は、障害の診断を受けた子どもに限らず、すべての子どもの育ちに当てはまる考え方だなと思います。

大きな方針として「多様性を包摂する」という言葉が掲げられても、それを日々の保育や支援の場面でどう形にするかは、現場の先生方の工夫にかかっている部分が大きいなと思います。今回のような、「その子にとってちょうどいい挑戦」を一緒に考えてくれる先生方の存在は、支援者としても心強いなと感じました。

これからも、目の前の子どもたちそれぞれの「少し頑張れば届くライン」を、保護者・園・療育が一緒に考えていける関係を大切にしていきたいなと思います。

最後までお読みいただきありがとうございました!

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